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千葉地方裁判所木更津支部 平成4年(ワ)117号 判決 1995年9月26日

原告

津田泰正

右未成年につき

法定代理人親権者父

津田嘉平太

津田幸子

右訴訟代理人弁護士

徳山隆一

被告

木更津市

右代表者市長

須田勝勇

右訴訟代理人弁護士

向井弘次

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、五七四万三九七〇円及び内金五一九万三九七〇円に対する平成四年一〇月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が設立した中学校の校庭にあった球技用ゴールポストで遊んでいた小学生の原告が転倒した右ゴールポストの下敷きになって傷害を負った事故につき、原告が国家賠償法二条一項に基づき、被告に対して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実と、証拠(甲1、2)によれば、次の事実が認められる。

1  小学校二年生の原告(昭和五九年三月一七日生)は、平成三年六月一四日午後四時五〇分頃、同級生の後藤洋一(以下「後藤」という。)と共に、被告の設置する木更津市立岩根中学校の校庭に遊びに入り、校舎裏側に同校が置いたゴールポスト(以下「本件ゴールポスト」という。)で遊んでいた際、右ゴールポストが倒れて原告がその下敷きとなった(以下この事故を「本件事故」という。)。

2  原告は、本件事故によって、入院治療二五日間を要する脳挫傷、頭蓋骨開放骨折等の障害を受けた。

二  原告の主張

原告は、本件事故は被告による本件ゴールポストの設置管理に瑕疵があったことによるものとして主張して、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づいて、右事故によって原告に生じた左記の損害合計五七四万三九七〇円及び弁護士費用を除く内金五一九万三九七〇円に対する本件事故の日以降である平成四年一〇月一七日(本件訴状を被告に送達した日の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

①  入通院治療費三二万〇七七〇円

②  入院関係

イ 雑費 三万〇〇〇〇円

ロ 付添看護費一五万〇〇〇〇円

ハ 付添看護交通費 七〇〇〇円

③  通院関係

イ 交通費 二万三二〇〇円

ロ 付添費 三万〇〇〇〇円

④  関係者への謝礼二万八〇〇〇円

⑤  衣類等の損害 一万五〇〇〇円

⑥  慰藉料 四五〇万〇〇〇〇円

⑦  付添した母親の休業損害

九万〇〇〇〇円

⑧  弁護士費用 五五万〇〇〇〇円

三  争点

1  本件ゴールポストについて、被告に設置管理上の瑕疵があり、被告に国家賠償法二条一項の責任があるか(請求原因)。

この点について、当事者双方は次のとおり主張する。

(一) 原告

(1) 原告は、本件事故当時、同級生の後藤と共に、本件ゴールポストの中に入り、その前面に吊り下がっていたネットに二人で寄り掛かったところ、不意にゴールポストが倒れたものである。

原告の右行為は異常な行動にでたものではなく、遊びに来た児童が本件ゴールポストに対しこの程度の行為にでることは中学校を管理している被告に予測し得たことである。

(2) 本件ゴールポストは移動式のもので、競技等に使用した後は校庭の隅に適宜片付けていたものであるが、その構造上前部の垂直の柱を支える支柱がなく、前に倒れ易く、しかも本件事故当時これを置いていた場所が、丈の低い草が生い茂っていて平坦ではなく、一層前に倒れ易い状況にあった。

(3) 岩根中学校は、本件事故当時通用門は常時開放され、金網フェンスも随所に開口部があって、付近住民や児童らが比較的自由に校庭に立ち入り通行していたものであるから、中学校を管理していた被告としては、校庭に立ち入った部外の児童に対し、本件ゴールポストが転倒して危険を及ぼすことがないよう適切な措置を講ずるべき注意義務があった。

(二) 被告

(1) 本件事故は、原告と後藤が岩根中学校の裏側に設置していた金網フェンスの破れ目から校庭内に入り、校舎裏側に置いてあった本件ゴールポストで遊んでいた際、右ゴールポストの前面に吊り下がっていたネットの破れた部分に腰を降ろし、あるいは破れた部分に乗って、ゆっくりとネットを揺すり始めたため、その反動で突如右ゴールポストが前に倒れたことによって発生したものである。

本件ゴールポストは、本来の用法に従えば転倒する虞はなく、原告らが右のような異常な方法で使用したことによって転倒したのであるから、本件事故は右ゴールポストの安全性の欠如に起因するものではない。

(2) 本件ゴールポストは本来ハンドボール用のゴールポストであるが、岩根中学校においては、校庭でのサッカーの練習用ゴールポストとして使用され、本件事故当日は校庭での他のスポーツの邪魔になるため、一時的に校舎裏側に移動して置いていたものである。またその重量は成人男子六名が担ぎ上げることによって、ようやく移動可能な程度のもので、通常の用法に従って使用する限りは転倒することがない構造となっている。

(3) 岩根中学校では、近所の人が校庭を通り抜けることはいわば黙認していた状況にあったが、これは付近住民の利便に供するためであり、他方、部外の児童が校庭で遊戯をする等した場合はただちに注意をして退去させていたもので、児童が校庭で遊ぶことを黙認していたことはない。

2  なお、被告は右責任があるとしても、その損害額を争う外、原告にも本件事故について過失があるとして、過失相殺(抗弁)を主張する。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲6、13、乙3、証人後藤洋一、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  本件ゴールポストについて

(一) 本件ゴールポストは別紙図面のとおりで、前面の一〇センチメートル角の中空の鉄製と、その他の部分のL字型鋼の組み合わせによって骨格が作られ、前部の高さが2.1メートル、幅が3.2メートルで、その奥行が最上部で0.9メートル、地面に接する最下部で1.1メートルとなっている。

その重量は証拠上確定できないが、証拠保全による検証の際や、本件事故現場での証人尋問等の際に見分した本件ゴールポストの形状からすると、相当な重さで、小学校二年生の男子が力一杯後ろから押しても前方に向けて転倒するものではない。

(二) 本件ゴールポストはもともとハンドボール競技用のものであるが、岩根中学校では生徒のサッカー練習用ゴールポストとして利用していたが、本来のサッカー用ゴールポストより高さがなく、練習中のゴールキーパーがその中にいると頭を打つ等の危険があり、これを防止し本件ゴールポストの前で練習させるため、その前部にネットが取付けていた。

前部に取付けられていたネットは別紙図面のとおり、前部上部の柱の左右の隅に紐で結ばれ、さらに右側の柱の下部にも紐で結ばれ、この三隅で固定されていた。またそのネットの中央部分には、証拠保全の際に同図面のとおり上部から下部にかけてかなり大きな楕円形の破れ目があるが、本件事故前は、その楕円形の破れ目が上部の方にしかなかった。

(三) 本件ゴールポストは校舎正面の校庭内のグラウンドの決まった場所に常時置かれ、サッカーの練習に使用されていたが、本件事故当時たまたまグランド使用上の都合から、本件事故の起きた校舎裏側の校庭に一時的に移動していたものであり、右一時移動した本件事故現場の地面は当時丈の短い雑草が生え、多少の凸凹があったものの、土の校庭に通常見られる程度のものに過ぎず、右ゴールポストの転倒を誘発するような状況にはなかった。

2  本件事故が発生した状況について

(一) 小学校二年生の原告は同級生の後藤と一緒に、岩根中学校の校庭を探検するため、本件事故当時同校の裏側に設置されていた金網フェンスの破れ目から校庭内に入り、校舎裏側の校庭に本件ゴールポストが置かれているのを見付けた。

(二) 後藤が本件ゴールポストの中に入り、前面に吊り下げられていたネットの中央部の上部の破れ目に後ろ向きで頭を入れ、足を地面に付けた形で、ブランコをする要領で前後左右にネットを揺らし始め、一方原告も本件ゴールポストの中に入り、後藤と同様にネットを上下に右側柱に固定している右隅辺り(本件ゴールポスト前部から見て)で、ネットに自らの体重を乗せて、前後に揺さぶるようにして、二人で遊んでいた。

(三) 原告と後藤が本件ゴールポストに固定していたネットを利用し、ブランコの様にして遊んでいたところ、右ゴールポスト自体にもその衝撃が伝わり、次第に前後へ揺れ始めたが、さらに原告らはネットを前後に揺さぶる遊びを続けたため、右ゴールポストの前後の揺れの振幅が大きくなり、その結果右ゴールポストが前方に転倒し、右側の前部柱の側にいた原告がその柱の下敷きとなり、傷害を負うに至った。

二 右認定した事実によれば、本件事故現場に一時的に置かれていた本件ゴールポストは、相当の重量があり、その奥行が地面に接する最下部で1.1メートル、幅が3.2メートルで、コの字型に地面と接していたもので、かつその置かれた地面に右ゴールポストの転倒を誘発するような凹凸もなかったから、小学校二年生の男子二名が右ゴールポストに固定されたネットに寄り掛かる程度の遊びをしたとしても、右ゴールポストが転倒する状況になく、右ゴールポストが転倒したことによる本件事故の原因は、原告ら二名がゴールポストに固定してあったネットをブランコの様に二人の体重掛けて前後に繰り返し揺さぶって遊んだことにより、その衝撃がゴールポスト自体に伝わり、そのためその前後に対する揺れの振幅を大きくした結果、これを転倒させるに至ったものであると認められる。

また、本件ゴールポストは、本件事故前に一時的に本件事故現場に置かれたものであり、この現場で原告らと同様の行動を従前外にもしていたと認めるに足りる証拠はなく、また本来置いていたグランドでも、本件事故前に、本件ゴールポストに固定していたネットをブランコの様にして遊んでいた者がいたと認めるに足りる証拠もない。

三 ところで、本件ゴールポストを設置した被告は、その設置管理者として、本件事故現場に一時的に置いた右ゴールポストが、その置いた状況で本来の用法に従って安全であるべきことについての責任を負担することは当然であるとしても、国家賠償法二条一項の責任は原則としてこれをもって限度とすべきものであるところ、右二で認定したことからすると、本件事故は原告らが本件ゴールポストに固定されていたネットを利用してブランコの様にして遊ぶという行動の結果であり、本件ゴールポストの本来の用法と異なることはもちろん、設置管理者の通常予測し得ないものであったといえる。

四 そうすると、本件事故は、本件事故現場に一時的に置かれていた本件ゴールポストの安全性の欠如に起因するものではないから、被告が原告に対して国家賠償法二条一項所定の責任を負うものではない。

したがって、この点に関する争点1の原告の主張は理由がない。

第四  よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官安藤宗之)

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